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札幌地方裁判所 昭和48年(ワ)679号 判決

原告 甲野ハナ

〈ほか一名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 下坂浩介

被告 北海道

右代表者知事 堂垣内尚弘

右指定代理人 地田忠之

〈ほか四名〉

被告 吉田実

〈ほか三名〉

右被告ら五名訴訟代理人弁護士 山根喬

右同訴訟復代理人弁護士 太田三夫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告ら各自に対し、各金二二五万円及びこれに対する昭和四七年三月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

1 原告甲野春子(以下「原告春子」という。)は、昭和三〇年八月一一日、父訴外亡甲野太郎(以下「亡太郎」という。)と母原告甲野ハナ(以下「原告ハナ」という。)との間の次女として出生し、同四六年四月、被告北海道(以下「被告道」という。)立B商業高等学校(以下「B商業」という。)普通科一学年に入学したものである。

2 被告道は、学校教育法に基づき、B商業を設置管理している者である。その余の被告らは、いずれも被告道の公務員で、被告吉田実(以下「被告吉田」という。)は、B商業において校長であったもの、被告酒井徳長(以下「被告酒井」という。)は、B商業において現代国語の担当教師であったもの、被告田口治(以下「被告田口」という。)は、B商業において英語Aの担当教師であったもの、被告布施敬憲(以下「被告布施」という。)は、B商業において原告春子のクラス担当教師であったものである。

二  原告春子の原級留置

B商業における生徒に対する学習成績の設定、単位の認定及び原級留置については、B商業内規として定めている別紙「教務に関する規程(抄)」(以下「本件教務規程」という。)によるものであるところ、被告吉田は、昭和四七年三月二三日、原告春子につき、一学年度の履習科目である現代国語及び英語Aの成績がいずれも評定「一」であるとしたうえ、このことを理由として、本件教務規程に基づき、原告春子を原級留置(以下「本件原級留置」という。)とする旨決定し、翌二四日原告春子に対し、その旨通知した。

三  被告らの責任原因

1 原告春子に対する被告道の債務不履行責任

(一) 原告春子と被告道とは、昭和四六年三月下旬ころ、在学契約として、被告道が原告春子のため、B商業において、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを内容とする契約を締結した。

(二) 被告道は、右在学契約に基づき、原告春子に対し、被告吉田、同酒井、同田口、同布施(以下、右被告ら四名を総称するときは「被告吉田ら四名」という。)を履行補助者として、B商業において高等普通教育及び専門教育を施す一般的教育義務を負い、更に右一般的教育義務に基づいて、左記の具体的な教育義務を負うに至ったものである。すなわち、被告道は、

(1) B商業校長をして、同校の生徒の各履修科目の成績が本件教務規程で定める進級基準に達しているときには、当該生徒を進級させるべく、したがって、恣意的に原級留置とさせてはならない。

(2) (ア) B商業校長をして、同校の生徒に対する単位認定、原級留置の基準につき、適正かつ合理的な基準を設定適用させるべきである。

(イ) B商業校長をして、事前に生徒及びその親権者等の保護者に対し、本件教務規程で定める進級基準について充分な説明をし、かつ単位不認定とするに先立って追認考査(ある科目につき単位不認定となる生徒に対し、単位不認定とするに先立ち、その結果を当該科目の単位認定の資料とするために特別に実施される考査をいうものとする。以下同じ。)の機会を与え、それにもかかわらずなお右進級基準に達しない生徒に対してのみ当該科目を単位不認定とし、更にその場合においても、仮進級の措置をとるなどして、手続面において、事前及び事後に充分な教育的配慮をさせるべきである。

(ウ) 各科目担当教師をして、各担当科目につき、正規の授業において、本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導をし、殊に担当科目につき成績不振の生徒に対しては、正規の授業においてはもとよりのこと、補習授業、追試験(ある科目の学期末考査に欠席し、又はその考査などの成績が不振だった生徒に対し、各学期毎の成績評定をするに先立ち、特別に実施される考査をいうものとする。以下同じ。)その他の方法で右進級基準に達する程度まで教育指導をさせるべきである。

(エ) クラス担当教師をして、生徒に対し、各科目の成績並びに学校生活及び家庭生活を統括的に掌握して指導し、殊にある科目につき成績不振の生徒に対しては、その生徒と面談し、かつ科目担当教師と連絡をとり、同教師と右生徒との意思疎通を図るようにし、更に右生徒の保護者と懇談、協議するなどして、右科目の成績不振の原因を把握するとともに、その科目につき本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導をさせるべきである。

(三) しかるに、被告道の履行補助者たる被告吉田ら四名は、原告春子に対し、左記のとおり右各義務の履行を怠り、その結果、被告吉田は、原告春子を本件原級留置としたものである。すなわち、

(1) B商業校長たる被告吉田は、原告春子の昭和四六年度一学年における各履修科目の成績が本件教務規程で定める進級基準に達しているにもかかわらず、原告春子よりも科目の成績が下位である生徒乙山某を進級させるため、その身代りとして、原告春子の現代国語及び英語Aを単位不認定とし、原告春子を恣意的に本件原級留置とした。

(2) (ア) B商業校長たる被告吉田は、昭和四六年三月、それまで本件教務規程で「不認定の科目が四科目までは追認考査を行う。」旨定めていたのを削除し、「その年度の履修科目中、単位不認定の科目がある者については、原級留置とし、その年度の単位は、すべて不認定とする。」旨改め、もって一科目でも単位不認定の科目があるときは、追認考査の機会を与えることなく、しかも仮進級制度も設けないまま当然原級留置とするような著しく不適正かつ不合理な単位認定、原級留置の基準を設定したうえ、これを原告春子に適用して本件原級留置とした。

(イ) B商業校長たる被告吉田は、事前に原告春子及びその保護者たる原告ハナらに対し、本件教務規程で定める進級基準について充分な説明をしなかったのみならず、単位不認定とするに先立って、追認考査の機会を与えず、更に仮進級の措置もとらなかったものであって、手続面において、事前及び事後に充分な教育的配慮をしなかった。

(ウ) 現代国語担当教師たる被告酒井及び英語A担当教師たる被告田口は、原告春子に対し、右各科目につき、それぞれ正規の授業において本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導をしなかったのみならず、殊に原告春子が右各科目の成績が不振であったにもかかわらず、右各科目について正規の授業のほか補習授業、追試験その他の方法で右進級基準に達する程度までの教育指導をしなかった。

(エ) クラス担当教師たる被告布施は、原告春子の現代国語及び英語Aの成績が不振であったにもかかわらず、その原因の把握及び解消のため、原告春子の学校生活及び家庭生活を統括的に掌握して指導教育すること、すなわち、そのため原告春子との面接、右各科目担当教師との連絡及び同各教師と原告春子との意思疎通に対する配慮、原告春子の保護者たる原告ハナらとの懇談、協議をいずれも怠り、本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導をしなかった。

したがって、被告道は、民法四一五条に基づき、原告春子に対し、後記四1、3の損害を賠償すべき義務がある。

2 原告春子に対する被告らの不法行為責任

(一) 被告吉田ら四名は、それぞれ、B商業校長又は教師として、原告春子に対し、教育条理上又は信義則上、前記三1(二)の(1)又は(2)の各義務を負っていたものである。

しかるに、被告ら四名は、前記三1(三)の(1)又は(2)のとおり、故意又は重大な過失により、右各義務を怠り、その結果、原告春子を本件原級留置処分としたものである。

したがって、被告吉田ら四名は、それぞれ、民法七〇九条に基づき、原告春子に対し、後記四1、3の損害を賠償すべき義務がある。

なお、国家賠償法一条一項は、公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、当然公共団体がその賠償をする責任を定めているものの、右不法行為をした公務員個人の責任については何ら規定していないところ、不法行為責任制度の歴史的経緯に照らすと、個人責任が原則であって、これは、公務員の不法行為についても異らないこと、損害賠償制度は、単に被害者に対する純経済的な損害の填補を目的とするのみではなく、不法行為者に対する制裁をも趣旨とすること、そして、公務執行の適正の担保、公務員として一般私人との権衡の確保という観点からすると、少なくとも公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は重大な過失によって違法に他人に損害を加えたときは、その公務員自身も個人として損害賠償責任を負うと解すべきである。

(二) 被告吉田ら四名は、被告道の公権力の行使に当る公務員として、その職務を行ったものである。そして、被告吉田ら四名は、右職務を行うにつき、右(一)の不法行為をなしたものであるから、被告道は、国家賠償法一条一項に基づき、原告春子に対し、後記四1、3の損害を賠償すべき義務がある。

3 原告ハナに対する被告らの不法行為責任

(一) 被告吉田ら四名は、前記三2(一)のとおり、故意又は重大な過失により前記各義務を怠ったうえ、被告吉田は、原告春子を本件原級留置としたものであり、これにより原告春子の母たる原告ハナは、後記四2、3の損害を被ったものである。

したがって、被告吉田ら四名は、民法七〇九条に基づき、原告ハナに対し、右損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告吉田ら四名は、被告道の公権力の行使に当る公務員として、その職務を行うにつき、右(一)の不法行為をなしたものであるから、被告道は、国家賠償法一条一項に基づき、原告ハナに対し、後記四2、3の損害を賠償すべき義務がある。

四  原告らの損害

1 原告春子の慰藉料

原告春子は、前記三1の被告道の債務不履行又は前記三2の被告らの不法行為によってなされた本件原級留置により精神的苦痛を被ったものであり、これを慰藉するには、金二〇〇万円が相当である。

2 原告ハナの慰藉料

原告春子の母たる原告ハナは、前記三3の被告らの不法行為によってなされた原告春子の本件原級留置により精神的苦痛を被ったものであり、これを慰藉するには、金二〇〇万円が相当である。

3 弁護士費用

原告らは、昭和四七年一一月ころ、本件訴訟の提起、追行を原告ら訴訟代理人に依頼し、右訴訟代理人に対し、その報酬を支払うべき債務を負担したが、うち金五〇万円相当部分は、被告らが賠償すべきものである(原告ら各自各金二五万円)。

五  よって、原告ら各自は、被告ら各自に対し、それぞれ計金二二五万円及びこれに対する本件原級留置の日である昭和四七年三月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否及び反論並びに被告らの主張)

一  請求原因一及び二の事実は認める。

二  同三について

1 同三1について

(一) 同三1(一)の主張は争う。

公立高等学校は、地方公共団体が住民に対し、教育基本法一条、学校教育法四一条で定める公教育の目的を実現するために設置したものであり、公立高等学校における生徒の在学関係は、当該地方公共団体と住民たる生徒との間の学校利用という営造物利用関係であり、私法上の契約関係ではない。

そして、右在学関係は、当該地方公共団体が、法令及びこれらの範囲内で高等学校の教育目的に添って自ら定立した規則などによる利用条件(利用資格、利用期間、利用者数、規律、教育課程など)に合致した者だけにその利用の応諾を与えることができ、更に、当該地方公共団体において設置した各高等学校が学校施設を適正に管理運営し、高等学校における教育目的を達成するための諸事項について、法令に格別の規定がない場合でも、社会通念上許容される限度において、学則、校内規程などによってこれを規定し、実施することのできる包括的な支配関係である。

(二) 同3(二)の主張は争う。

(三) (1) 同3(三)の冒頭の主張は争う。

(2) 同3(三)(1)の事実は否認する。

(3) 同3(三)(2)(ア)のうち、本件教務規程で定める単位認定、原級留置の基準が著しく不適正かつ不合理な基準であることは否認し、その余の事実は認める。同3(三)(2)(イ)のうち、被告吉田が原告春子を本件原級留置とするにあたり、追認考査の機会を与えず、仮進級の措置をとらなかったことは認め、その余の事実は否認する。同3(三)(2)(ウ)及び同3(三)(2)(エ)のうち、原告春子の現代国語及び英語Aの成績が不振であったことは認め、その余の事実は否認する。

(4) 補習授業は、教育課程に基づく正規の授業とは別に行われる授業であることから、生徒及び教師の負担が過重になり、クラブ活動や生徒会活動などの特別教育活動を阻害することがあるうえ、補習授業があることにより、かえって生徒が日常の正規の授業をおろそかにしがちであるなどの弊害をもっている。

また、追認考査は、一般的には、教育上許容しうる理由で出席日数が不足した生徒その他やむをえない理由により当該科目の単位を認定することができなくなる生徒に対し、学年末に特別に試験を行い、その結果を当該科目の単位を認定するか否かの資料にするという教育上の配慮として行われている。仮に平素の学習成績が不振である生徒に対しても右の追認考査を行うとすれば、追認考査があることによって、一方では、進級卒業することができない生徒は少なくなるであろうが、他方、生徒の中には、平素の学習成績が悪くても、追認考査にさえ合格すれば、進級、卒業することができるという安易な気持を抱き、日頃の学習をおろそかにする者が出るという学校教育上極めて好ましくない結果が生じることも否定しえないのである。更に、追認考査を行うとしても、その試験の内容及び範囲は、その生徒の一年間の集積である学習効果をみるべきであるところ、進級、卒業させるための試験という性格及び学年末考査が終了してから単位認定のための成績会議などに行われるまでのわずかな期間にその準備をして受験しなければならないという時間的制約から、いきおい追認考査のための学習の内容及び範囲は限定されたものとなり、その場限りの極めて断片的かつ形式的な学習に終ってしまう危険性を多分に含んでいるのである。

そのため、被告吉田ら四名は、補習授業及び追認考査のもつ右のような教育上の問題点を熟慮のうえ、生徒の学力は、毎日の学習の集積であるから、生徒も教師も毎日の授業にこそ全力を傾注すべきであり、教師は、学習成績が不振である生徒に対しては、個人指導を徹底し、補習授業をしなくてもよい授業を行うことに努め、これを学校の指導目標とし、また、追認考査を行っていなかったものである。

更に、単位不認定の科目があっても一旦進級させ、当該科目のみ前学年の授業を履修させるという仮進級制度も、理論的には可能であろうが、実際には、高等学校においては学年が規制されており学年の枠をはずして相当数の科目を自由に選択することができる教育課程が編成されている場合以外、他学年の科目を履修させることは、現実問題として不可能である。殊に、B商業の場合、教科、科目の学年指定、教育課程の類型の設定など各学年毎の教育課程が定められているので、仮に前学年の一部科目を履修するとすれば、そのため、当該学年のその時間の科目の履修が不可能となり、結局、学年進行とともに順次当該学年の未履修科目が増加することとなり、卒業に必要な教科、科目とその単位数を充足することができなくなるという事態が生じることになって、B商業において、仮進級制度を採用することは、実際上ほとんど不可能であったのである。

2 同三2について

(一) 同三2(一)について

原告らの主張事実中、B商業校長たる被告吉田が原告ら主張の日時に、原級留置の基準に関する本件教務規程を原告ら主張の内容(但し、その基準が著しく不合理であることは否認する。)のとおり変更したこと、これを原告春子に適用して本件原級留置としたこと、原告春子の現代国語及び英語Aの成績が不振であったこと、被告吉田が原告春子を本件原級留置とするにあたり、追認考査の機会を与えず、仮進級の措置をとらなかったことは認め、その余の事実は否認し、原告らの主張は争う。

(二) 同三2(二)のうち、被告吉田ら四名が被告道の公務員であることは認めるが、その余の事実は否認し、原告らの主張は争う。

3 同三3について

(一) 同三3(一)について

原告ら主張事実中、B商業校長たる被告吉田が原告ら主張の日時に、原級留置の基準に関する本件教務規程を原告ら主張の内容(但し、その基準が著しく不合理であることは否認する。)のとおり変更したこと、これを原告春子に適用して本件原級留置としたこと、原告春子の現代国語及び英語Aの成績が不振であったこと、被告吉田が原告春子を本件原級留置とするにあたり、追認考査の機会を与えず、仮進級の措置をとらなかったことは認め、その余の事実は否認し、原告らの主張は争う。

(二) 同三3(二)のうち、被告吉田ら四名が被告道の公務員であることは認めるが、その余の事実は否認し、原告らの主張は争う。

三  同四について

1 同四1、2の主張は争う。

2 同四3の事実は不知。

四  被告らの主張(本件原級留置に至る経緯)

1 被告吉田ら四名は、昭和四六年四月八日、B商業の入学式当日のオリエンテーションの際、原告春子ら新入生及び原告ハナら新入生の保護者に対し、関係資料を配布したうえ、本件教務規程で定める教科の単位制及びこれに伴う原級留置の制度などについて説明し、更に、同年七月二日、伊達市内で開催された同校PTA地区懇談会の席上、原告春子の父亡太郎ら伊達地区の右保護者に対し、関係資料を配布したうえ、右と同趣旨の説明をした。

2 原告春子のB商業一学年の一学期末までの授業を受ける態度は、被告酒井担当の現代国語においては、高校の一学年の生徒としての基礎的な文章の把握力、読解力、鑑賞力にかなり劣るものがあり、被告酒井が原告春子に対し、授業中に質問しても、ほとんど的確な回答が得られず、時折求めるノート提出に対する評価も悪く、また、課題に対する回答がその提出期限までに提出されないこともあった。

また、被告田口担当の英語Aにおいても、原告春子は、一学期中に事前予告がなされたうえで実施された約一五回の小テストの成績が芳しくなく、被告田口が各生徒の能力を個別的に配慮したうえでなされた質問に対しても、的確な回答をすることがほとんどなかった。なお、被告田口は、原告春子の属するクラス全体の英語の水準が極めて低く、学習意欲も全体的に低調な様子であったので、各生徒に対し、自宅における復習を欠かさないように指導するとともに、平素の授業においても、前回の授業の復習を経てから次に進むようにしていた。

しかし、原告春子の一学期末考査の履修科目一一科目の成績は、現代国語及び化学がいずれも一六点(一〇〇点満点、以下同じ。)と特に不振であったため、一学期末の生徒の成績に関する職員会議において、原告春子の現代国語及び化学の担当教師から、原告春子の成績の状況及び学習に対する意見が述べられ、職員間で今後の見通し、指導対策について協議がなされた。原告春子のクラス担当の被告布施は、その協議の結果に基づき、原告春子に対し、今後の学習方法として予習復習を欠かさないよう、また、理解できない点は、授業時間中はもちろん、放課後又は教科担任の家庭を訪問してでもこれを質問するなど十分に教科担任を利用して学習するように告げて指導するとともに、原告春子の保護者に対しても、原告春子の通知箋を送付する際、これに学習及び生活指導についての保護者の協力を要請する旨記載した文書を同封した。

3 二学期に入ってからも、被告布施は、同酒井及び同田口から、原告春子の小テストの成績、ノート提出に対する評価が悪いとの連絡を受けたので、原告春子に対し、学習方法について個別に面接助言指導し、また、積極的に授業に取組ませるようにとの配慮から、その教室における座席を前列にするなどの措置を講じた。被告酒井は、右学期において現代国語に対する学習意欲に欠ける原告春子に対し、現代国語の学習方法について具体的に個別に面接して指導をしさらに、高校生としての心構えを説くなどし、被告田口は、原告春子を含むクラス全体に対し、一学期と同様、復習を主体とし、理解しやすい授業に努めた。

しかし、原告春子の二学期末考査の履修科目一一科目の成績は、一学期に不振であった化学が若干向上したものの、現代国語が一九点、英語Aが一三点と振わなかった。そのため、二学期末の生徒の成績に関する職員会議の席上、一学期末における前記と同様の措置が講じられ、被告布施は、原告春子の保護者に対しても一学期と同様通知箋を送付する際、これに家庭の協力を要請する旨記載した文書を同封し、また、原告春子に対し、このままでは進級しえなくなる旨を説明警告し、学習に努めるよう説いて指導した。

4 三学期に入り、被告酒井は、現代国語の中間考査を実施したが、原告春子の成績が極めて不振であったため(クラスの平均点五二点のところ、原告春子の成績は三〇点。)、原告春子に対し、このままでは、原級留置になる旨伝え、期末考査での試験のポイントを指導し、少なくとも平均点を取って前二学期の不振を挽回するように告げて指導した。また、被告田口も、同布施を通じて前同様の指導を重ね、被告布施自身も前同様の指導を続けた。

しかし、学期末考査においても、原告春子の履修科目の成績は、現代国語が四七点、英語Aが一一点で、前二学期の不振を挽回するまでには至らなかった。

5 この結果、原告春子の現代国語、英語Aの学年末の成績評定は、ともに二五点となったので、被告吉田は、昭和四七年三月二三日、単位認定のための職員会議を経て右科目を単位不認定とし、原告春子を本件原級留置とする旨決定し、翌二四日原告春子にその旨を告げ、翌二五日保護者である原告ハナの来校を求め、被告吉田、同布施及び同酒井からその理由を説明したのである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因一(当事者)及び二(原告春子の原級留置)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  被告道の原告春子に対する債務不履行責任の存否

1  原告春子と被告道との間の在学関係

(一)  原告春子は、被告道に対する主位的請求として、被告道の債務不履行に基づく損害賠償を請求し、その前提として、原告春子と被告道との間に在学契約が成立した旨主張する。

(二)  地方公共団体の設置する営造物たる高等学校の利用関係については、その関係の性質上、私法の原則とは異る特別の規律を必要とする場合、すなわちその性質が私法に類例がなく、したがって当然私法を適用すべからざる場合の外は、すべて私人の設置する学校におけると同じく私法を適用するのが相当と解せられる。このことは、その利用関係の設定が地方公共団体と利用者との間の合意すなわち契約の形式をとると地方公共団体から利用者に対する利用の許可の形式をとるとにより異ることはないというべきである。

もっとも、その利用の内容は、すべて予め設置主体たる地方公共団体により定められ、利用者はこれについて何らの決定権を有しないのが通常であり、このような場合においては、当事者はその限度において法律上拘束せられるものということができる。したがって、利用関係の内容すなわち当事者の権利義務は、第一次的には法令によって、第二次的にはその営造物の利用の内容を定める営造物規則によって定まるものであり、利用者の権利としては、ただ設置主体の定めるところにしたがってこれを利用することに止まるのではあるが、設置主体としては、利用者の右権利から生ずる利益すなわち右権利の行使に拘束せられ、これに違背するときは、債務不履行の責を負うものというべきである。

他方、高等学校における教育については、その目的達成のために高度の専門性と自律性を要するものがあるから、右債務の履行の有無の判断に当っては、設置主体側に広い裁量権が存することも認めなければならない。

そこで、右観点から考えるに、憲法二六条一項の定める国民の教育を受ける権利は、国民各自が人間として成長発達し、自己の人格の完成を図るために必要な学習をするという生来的な固有の権利であり、殊に、子ども、生徒は、自らの力のみによっては、その人格を完成せしめるに足りる学習をすることができないことから、子ども、生徒の教育は、子ども、生徒の学習する権利に対応し、その人格の完成をめざし、専ら子ども、生徒の利益のため、教育を施す者の義務として行われるべきものであり、このような教育を施す者の義務に裏打ちされた子ども、生徒の学習する権利は、個別的な学校の設置主体とそこに在学する個々の生徒との間の法律関係においては、後者の前者に対する私法上の権利としての性質を帯びると解せられる(以下、右私法上の権利としての生徒の学習する権利を「学習権」という。)。

右の趣旨に基づき、高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的として設置、管理、運営されているものであるが(学校教育法四一条)右に述べたところによると、国公立高等学校における生徒の在学関係が行政処分(入学許可)によって成立するとしても、これが一旦成立した後は、国公立高等学校の設置管理者は、生徒に対し、その施設を利用させ、教師をして生徒を教育させる義務を負い、これに対し、生徒は、右施設を利用し、教育を受ける権利を有する法律関係にあるものと解するのが相当である。

なお、国公立高等学校の設置管理者の右義務は前述のとおり生徒に対する私法上の義務としての性質を帯びているものであるから、右義務の不履行は、債務不履行責任を構成するものと解するのが相当である。

(三)  以上によれば、原告春子の被告道に対する債務不履行に基づく請求中、原告春子と被告道との間の在学契約が成立したことを前提とする主張は、理由がないからこれを採用しないが、右主張事実は、同時に右(二)に説示した法律関係の発生原因を構成する事実でもあるから、右の限度で、被告道の原告春子に対する債務不履行責任は、共通に成立しうるので、以下この観点から、右請求の当否を検討する。

2(一)  原告春子は、被告道がB商業校長をして、同校の生徒の各履修科目の成績が本件教務規程で定める進級基準に達しているときには、当該生徒を原級留置とすることなく進級させる義務を負っていたのに、これを怠り、原告春子の昭和四六年度一学年における各履修科目の成績がいずれも右進級基準に達しているにもかかわらず、原告春子よりも科目の成績が下位である生徒を進級させるため、その身代りとして、原告春子の現代国語及び英語Aを単位不認定とし、原告春子を恣意的に本件原級留置とした旨主張する。

(二)  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件原級留置当時のB商業における履修科目の成績の評定、単位認定、原級留置の基準

本件原級留置当時のB商業における履修科目の成績の評定の基準は、本件教務規程一に記載のとおり、五段階評定と一〇〇点法評定が併用され、各学期の成績を一〇〇点法で評定し、これを基礎にして学年の成績を五段階で評定するものである。そして、一〇〇点法評定と五段階評定との関連は、本件教務規程一3に記載のとおりである。一〇〇点法による各学期毎及び学年の各成績の評定の基準自体は、本件教務規程には格別定められていないが、その慣例又は内規によれば、各学期毎の成績評定の基準として、一〇〇点中八〇点を定期考査の成績を基礎にして算出し(具体的には、定期考査の成績に〇・八を乗じて算出する。)、その余の二〇点を授業などにおける平常評価を基礎にして算出し、これらを総合して評定することとされており、また、学年の成績評定の基準として、各学期毎の成績を単純加算したうえでこれを学期数で除して評定するのを原則としていた(なお、科目によっては、右算出された数字に更に諸般の事情を考えて加算する方法もとられていた。)。もっとも、右の一〇〇点法の評定の基準は、一応の目安であって、各科目毎の教師又は各教師は、右基準に必ずしも拘束されなかったが、少なくとも各教科、科目毎の教師間では、右成績評定の基準、方法については、原則として統一が図られていた。

本件原級留置当時のB商業における履修科目の単位認定、原級留置の基準は、本件教務規程二の1ないし4記載のとおりであり、これによると、その年度の履修科目中、一科目でも評定「一」とされて単位不認定の科目がある者は、原則として原級留置となり、その年度に履修した科目の単位は、すべて不認定となる。

(2) 原告春子の昭和四六年度一学年における現代国語の成績

(ア) 原告春子の昭和四六年度一学年(以下、特に断らない限り、同年度同学年をいうものとして、この点の記載を省略する。)の現代国語の一学期末の定期考査の成績は、一六点であった。原告春子の現代国語の担当であった被告酒井は、全校の一学期の成績会議(職員会議)が行われた同年七月二〇日の一日又は二日前に、右定期考査の成績と平常評価を考慮して、原告春子の現代国語の一学期の成績を二〇点と評定した。そしてそのころ、被告酒井は、原告春子のクラス担当であった被告布施にその旨通知し、被告布施は、原告春子の通知箋の現代国語の一学期の評価欄に「二〇」と記載し、一学期の終了式が行われた日ころ、原告春子の保護者宛にその通知箋を郵送した。

ところで、被告酒井は、右に先立つ同年六月中旬ころ生徒に対し、文章力涵養のため、課題として物語又は小説を書くように指示したが、その内容は、日記に多少のフィクションを交えた程度のものを考えていた。しかし、その提出期限である同年七月中旬ころを過ぎても、原告春子を含む数名の生徒がこれを提出しなかったため、その提出期限を同月二二日ころまで延長した。この間、被告酒井は、原告春子ら生徒に対し、右課題を提出しないときには、一学期の成績から減点する旨告げて注意していたが、他方原告春子は、独自に、小説を提出するよう指示されても簡単に書けるものではないし、また、一部の生徒が行っているように他の小説の一部を引用してまでも提出する必要はないと考え、これを提出しなかった。そのため、被告酒井は、同年の夏休みの直後ころ、前記原告春子の現代国語の一学期の成績二〇点から、右課題を提出しなかったことによる平常評価のマイナス評価として一〇点を控除し、その一学期の成績を一〇点に変更して評定した。被告酒井は、同年九月ころ、原告春子のクラス担当である被告布施に対し、右評定変更を通知し、同年一〇月ころ、原告春子に対してもこれを通知したが、被告布施は、原告春子の通知箋の現代国語の一学期の評価欄に既に記載してあった「二〇」という数字を「一〇」に訂正しなかった。

(イ) 原告春子の現代国語の二学期末の定期考査の成績は、一九点であった。被告酒井は、右定期考査の成績と平常評価を考慮して、原告春子の現代国語の成績を二〇点と評定した。

(ウ) 原告春子の現代国語の三学期末の定期考査の成績は、四七点であり、またこれに先立って同学期にのみ実施された中間考査の成績は、三〇点であった。

なお、右中間考査は、原告春子らの属する学年全体において、現代国語の成績が他の科目と比較してやや不振であったので、試験範囲を分割して出題し、これにより成績を全体的に上げるために実施された。

被告酒井は、右各考査の成績と平常評価を考慮して、原告春子の現代国語の三学期の成績を四五点と評定し、更に、各学期の成績を単純加算したうえでこれを学期数で除して算出した二五点をもって現代国語の学年の成績と評定した。本件教務規程一3により、これを五段階法による成績評定に対応させると、評定「一」となる。

(3) 原告春子の英語Aの成績

(ア) 原告春子の英語Aの一学期末の定期考査の成績は、三三点であった。原告春子の英語Aの担当であった被告田口は、右一学期の成績評定にあたり、被告田口が一学年で英語Aを担当していたクラスの生徒全員に対し、平常評価を考慮することなく、定期考査の成績自体を一学期の成績と評定する方法を採用し、原告春子についても三三点とした。被告田口が右の成績評定の方法を採用したのは、一学年の生徒の英語Aの成績が全体的に不振であったため、生徒の学習意欲を促すことを企図した教育方針からであった。なお、被告田口が右評定方法を採用するにあたっては、教科主任、学年主任などから承認を得ていた。

(イ) 原告春子の英語Aの二学期末の定期考査の成績は、一三点であった。被告田口は、右定期考査の成績と平常評価を考慮して、原告春子の英語Aの二学期の成績を一五点と評定した。

(ウ) 原告春子の英語Aの三学期未の定期考査の成績は、一一点であった。被告田口は、右定期考査の成績と平常評価を考慮して、原告春子の英語Aの三学期の成績を一〇点と評定し、更に、英語Aの学年の成績を二五点と評定した。これは、原告春子の英語Aの各学期の成績を単純平均したものよりも高いが、前記二2(二)(1)のとおり、B商業においては、科目によってはこのような評定方法が採用されることもあり、殊に英語のように段階的に進歩していく科目では、右の評定方法がとられることもあったためである。なお、右の原告春子の英語Aの学年の成績を前同様五段階法による成績評定に対応させると、評定「一」となる。

(4) 原告春子の現代国語及び英語Aを除く他の履修科目の成績

原告春子の現代国語及び英語Aを除く履修科目の各学期の成績については、化学Aの一学期の成績が二五点と評定されたほかは、いずれも三〇点以上の評定であり、化学Aの二学期以降の成績も三〇点以上の評定であった。また、学年の成績についても、現代国語及び英語Aを除き、いずれも五段階評定で「二」ないし「四」の評定であった。

(5) 原告春子が身代りにされたと主張する生徒の存否及びその成績

原告春子がその身代りとして原級留置とされたと主張する生徒は、昭和四七年四月一日付でB商業から私立高等学校普通科に転学しているところ、同生徒のB商業における昭和四六年度一学年の履修科目の成績は、いずれも五段階評定で「二」ないし「四」の評定である。

(6) B商業における本件原級留置決定の手続

B商業における生徒の単位認定及び原級留置決定の手続は、まず各科目担当教師が担当の生徒の成績評定を集計した資料を作成し、これを基礎にして、教務部において成績不振者などの成績一覧表を作成し、これを全校の学年末の成績会議(職員会議)に提出し、その会議において、出席教師間で討議がなされたうえで、出席教師の採決により単位認定、原級留置の可否が諮られ、これに基づいてB商業校長が単位認定、原級留置の可否を決定するという方法がとられていた。

原告春子を本件原級留置とした全校の学年末の成績会議(職員会議)は、昭和四七年三月二三日B商業のほとんどの教師が出席して開かれた。右成績会議において、教務部の作成した成績一覧表で単位認定、原級留置の可否の対象となった生徒は、一学年に属する生徒(一三〇名)のうち、原告春子を含む一〇名であり、そのうち七名は、原告春子の属するクラス(四二名)の者であった。また、右一〇名の生徒の単位認定の可否の対象となった科目は、現代国語(原告春子一名)、英語A(原告春子を含む七名)のほか数学(八名)、計算実務(六名)、化学(二名)であり、その延科目数は二四であった。

ところで、右成績会議の席上、原告春子のクラス担当の被告布施からは、原告春子らの学年の生徒に対する入学判定会議での経緯などから、右の原告春子ら一〇名の問題となっている科目については単位認定すべきである、また、右生徒らについては追認考査の機会を与えて救済すべきであるとの意見が述べられたのに対し、右生徒らの科目担当の教師らからは、日頃の授業における指導方法、生徒の学習意欲などが説明され、その際、一部の教師から、教師側としても可能な限りの指導をしていたのに、右生徒らには学習意欲に欠ける点があったのであるから、単位不認定として原級留置となることもやむをえないとの意見が述べられた。これらの点について、出席した教師のほぼ全員から意見が述べられ、二、三時間にわたって討議された結果、右一〇名の生徒らの成績、学習意欲などから、右全員の単位不認定、原級留置もやむをえないとの意見が大勢を占めたため、校長である被告吉田は、本件教務規程二4に基づき、右生徒ら一〇名全員を原級留置とすることに決定した。

なお、右成績会議において、右生徒らの生活面や素行面が問題とされたことはなく、また、前記二2(二)(5)の原告春子が身代りにされたと主張する生徒は、右原級留置の対象となった生徒一〇名の中に含まれておらず、右成績会議においても、同生徒を原級留置とするか否かが問題となったことはなかった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》。

(三)  ところで、高等学校における教育については、その目的達成のために高度の専門性と自律性を要するものがあるから、その履行に当っては設置主体に広い裁量権のあることは、前説示のとおりであり、加えて、学校教育法(昭和四九年法律七〇号による改正前のもの。)二八条四項、五一条は、教諭は、生徒の教育を掌る旨定めており、これらによれば、各教師は、担当の教育活動につき、生徒に対して教育を行う権能(以下「教育権」という。)を有し、各科目担当の教師は、右教育権に基づき、生徒に対する当該科目の成績を評定ないし評価する権能(以下「成績評定権」という。)を有するものというべきであるが、成績評定は、生徒に対する具体的かつ専門的な教育評価にかかわるものであるから、成績評定の具体的な基準の設定、判断などは、教師の教育的裁量に委ねられていると解するのが相当である。

もっとも、成績評定の具体的な基準の設定、判断などが教育的裁量に委ねられるのは、究極的には、生徒の学習権を保障するためであるから、成績評定の具体的な基準の設定、判断などにあたっては、生徒の学習権を不当に侵害しないように、客観的に公正かつ平等になされるべく配慮しなければならないものであり、殊に成績評定が具体的事実に基づかないか、成績評定に影響を及ぼすべき前提事実に誤認がある場合、成績評定の基準を無視し、恣意的に成績評定をした場合、又は著しく合理性を欠く基準により成績評定をした場合には、その成績評定は、不公正又は不平等な評定というべきであり、これは、教師の成績評定権の教育的裁量の範囲を逸脱するものとしてその義務の履行を怠るものであると同時に、右の成績評定を受けた生徒の学習権を違法に侵害するものというべきである。

そこで、右の観点から、現代国語担当の被告酒井及び英語A担当の被告田口のそれぞれ原告春子に対する各学期及び学年の成績評定の基準及びその判断に教育的裁量の範囲の逸脱があったか否かについて判断するに、前記二2(二)(1)、(2)、(3)により認められるB商業における履修科目の成績評定の基準、被告酒井及び同田口のそれぞれ採用していた成績評定の基準、原告春子の試験成績、被告酒井及び同田口のそれぞれ原告春子に対する成績評定の判断過程に鑑みると、被告酒井及び同田口のそれぞれ原告春子に対する成績評定の基準及びその判断が教育的裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

なお、被告酒井が原告春子の一学期の成績につき、最初二〇点と評定し、その旨が原告春子の通知箋に記載されたにもかかわらず、その後一〇点と変更して評定したことは、前記二2(二)(2)に認定のとおりであるが、被告酒井が右のように評定を変更したのは、原告春子が課題を提出しなかったことによるものであるところ、原告春子ら生徒にも、右課題を提出しないときは、一学期の成績から減点する旨告げられ、警告されていたこと、そして、右課題を提出しないことによる平常評価に対する考慮は、一学期のB商業における成績会議の日時と右課題の最終提出期限との関係から、被告酒井が最初二〇点と評価した時点では困難であったことも、前記二2(二)(2)から明らかである。次に被告酒井本人尋問の結果によれば、被告酒井は、右課題に対する評定方法として、これを提出した場合には、その内容により、二、三点ないし一〇点加点の評定をし、これを提出しなかった場合には、一〇点減点の評定をしたことが認められ、これによれば、右課題に対する平常評価の最高点の生徒と右課題を提出しなかった生徒との間には、結局二〇点の差が開くことになり、更に、弁論の全趣旨によれば、右の課題のほかにも平常評価の要素があったことが明らかであることからすると、被告酒井の現代国語の一学期の一〇〇点法評定において平常評価点の占める割合は、二〇点を超えるものであったことになり、前記二2(二)(1)の一〇〇点法評定の基準に関する慣例又は内規に一応反するものといえなくはないが、しかし、右慣例又は内規による基準は、各教師の成績評定の方法の目安であったことは前記二2(二)(1)に認定のとおりであり、また、被告酒井本人尋問の結果によれば、被告酒井が一学期の平常評価において右課題の評価を重視していたことが認められること、右課題の平常評価の点数差が最大限二〇点にとどまっていることに鑑みると、被告酒井が原告春子に対し、課題を提出しなかったことにより、最初二〇点と成績評定していたのを一〇点に変更したことをもって、直ちに教育的裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

また、被告酒井が右のように評定を変更したにもかかわらず、原告春子の通知箋にその旨の訂正がなされなかったことは、前記二2(二)(2)に認定のとおりであり、このことが原告ら、殊に原告ハナに本件原級留置に対する不審の念を抱かせたことは否定しえないが、しかし、被告布施、同酒井各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右訂正がなされなかったのは、原告春子のクラス担当であった被告布施の失念などによるものであることがうかがえるし、更に、被告酒井が原告春子に対し、昭和四六年一〇月ころ、右評定を通知していることは前記二2(二)(2)に認定のとおりであるから、この点に違法があるということもできない。

(四)  次に、学校教育法施行規則二七条、六五条一項は、高等学校において、各学年の課程の終了又は卒業を認めるに当っては、生徒の平素の成績を評価して、これを定めなければならないとし、北海道立高等学校学則九条も同旨を規定し、また、高等学校学習指導要領(昭和三五年文部省告示第九四号)第一章第二節第三款が、高等学校は、生徒が高等学校の定める指導計画に従って教科・科目を履修し、その成果が教科・科目の目標からみて満足できると認められる場合は、その教科・科目について、履修した単位を修得したことを認定しなければならない旨規定しているところ、単位認定、原級留置は、生徒に対する具体的かつ専門的な教育評価にかかわるものであるから、単位認定、原級留置の具体的な基準の設定、判断などは、学校当局の教育的裁量に委ねられていると解するのが相当である。

もっとも、前記二2(三)に説示したとおり、右のように単位認定、原級留置の具体的な基準の設定、判断などが教育的裁量に委ねられるのは、生徒の学習権を保障するためであるから、単位不認定、原級留置が具体的事実に基づかないか、単位不認定、原級留置に影響を及ぼすべき前提事実に誤認があるとき、単位認定、原級留置の基準を無視し、恣意的に単位不認定、原級留置としたとき、若しくは著しく合理性を欠く基準により単位不認定、原級留置としたとき、又は単位不認定、原級留置の決定手続自体に著しい瑕疵があるときには、右の単位不認定、原級留置は、学校当局の教育的裁量の範囲を逸脱するものとしてその義務の履行を怠るものであると同時に、右の単位不認定、原級留置を受けた生徒の学習権を違法に侵害するものというべきである。

そこで、原告春子の前記主張に則して、被告吉田の原告春子に対する現代国語及び英語Aの単位不認定と本件原級留置につき、これが具体的事実に基づかないか、その前提事実に誤認があるとき、又は単位認定、原級留置の基準を無視し、恣意的に単位不認定、原級留置としたときとして教育的裁量の範囲を逸脱した場合に該当するか否かについて判断するに、前記二2の認定事実により認められるB商業における単位認定、原級留置の基準、原告春子の現代国語及び英語Aの学年の成績、原告春子が身代りにされたと主張する生徒の成績及び本件原級留置決定手続の過程並びに右(三)に説示した点に鑑みると、被告吉田の原告春子に対する現代国語及び英語Aの単位不認定と本件原級留置は、これが具体的事実に基づかないか、その前提事実に誤認があるとき、又はこれが単位認定、原級留置の基準を無視し、恣意的に単位不認定、原級留置としたときとして教育的裁量の範囲を逸脱したものということはできない。

3(一)  原告春子は、被告道がB商業校長たる被告吉田をして、同校の単位認定、原級留置の基準につき、適正かつ合理的な基準を設定し、これを同校の生徒に適用すべき義務を負っていたのに、これを怠り、昭和四六年三月、それまで本件教務規程で定められていた「不認定の科目が四科目までは追認考査を行う。」旨の条項を削除し、本件教務規程二4に記載のとおり「その年度の履修科目中、単位不認定の科目がある者については、原級留置とし、その年度の単位は、すべて不認定とする。」旨改めて、一科目でも単位不認定がある生徒に対しても、追認考査の機会を制度的に閉ざし、しかも、仮進級制度もないという、著しく不適正かつ不合理な単位認定、原級留置の基準を設定し、これを原告春子に適用して本件原級留置とした旨主張する。

(二)  原告春子の右主張事実中、本件教務規程で定める原級留置の基準が著しく不適正かつ不合理であるとの点を除き、その余の事実は、当事者間に争いがない。

(三)  前記二2(四)に説示したとおり、単位認定、原級留置の具体的な基準の設定などは、学校当局の教育的裁量に委ねられているが、しかし、著しく合理性を欠く単位認定、原級留置の基準により単位不認定、原級留置としたときには、右単位不認定、原級留置は、学校当局の教育的裁量の範囲を逸脱するものとしてその義務の履行を怠るものであると同時に、右の単位不認定、原級留置を受けた生徒の学習権を違法に侵害するものというべきである。

そこで、右の観点から、本件教務規程で定める単位認定、原級留置の基準が著しく合理性を欠くか否かについて判断するに、前記(二)の当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(1) 被告吉田は、昭和四五年四月、B商業校長として赴任したが、B商業に在学している生徒の実情などから、平素の正規の授業においてわかる授業、考える授業を実施することを基本的な教育方針とし、平素の正規の授業における教育活動を重視していた。

(2) ところで、B商業において本件教務規程二4で定めるように単位認定、原級留置の基準を変更したのは、従前のように四科目まで単位不認定となっても追認考査により進級することができるという制度のもとでは、生徒が平素の正規の授業、学習をおろそかにするおそれがないわけではなく、また、このことが他方、教師に対しても、平素の正規の授業における教育活動、成績評定に少なからず安易さを与えるなどのおそれがないわけではないとの教育上の考慮から、右(1)の平素の正規の授業における教育活動を重視又は強化し、従前の原級留置の基準のもとにおける右弊害を避けるためであった。

なお、右の点に関する本件教務規程の変更は、昭和四五年六月ころから、教務部会、全校の職員会議などにおいてそれぞれ数回にわたって検討がなされたうえで、決定され、同四六年四月一日から実施された。

(3) 本件教務規程では、単位不認定の科目が一科目でもある生徒については、追認考査の機会を与えることなく、原級留置とすることになっていたが、これは、右(2)の趣旨に基づくものである。なお、B商業においても、病気欠席など正当な事由により出席日数が不足したため単位不認定となる生徒に対しては、学年末に特別に試験を行い、その結果を当該科目の単位認定の資料とするような措置がとられることは考慮されていたが、本件原級留置の当時には、このような措置をとるに該当する生徒はいなかった。

また、本件教務規程では、単位不認定の科目のある生徒について、当該不認定科目のみを単位不認定とし、その余の科目を単位認定とし、一旦次学年に進級させたうえ、次学年の履修科目と右単位不認定の科目を併行して履修させるという、いわゆる仮進級の制度は採用されていないが、これは、B商業においては、教科、科目の学年指定、教育課程の類型の設定など学年毎の教育課程が厳格に定められていることなどから、右仮進級制度を採用することが事実上困難であったことによる。

(四)  右認定事実により認められるB商業における基本的な教育方針、原級留置の基準について本件教務規程を変更した理由、その変更の手続、本件教務規程において追認考査、仮進級制度を設けなかった理由に鑑みると、本件教務規程で定める単位認定、原級留置の基準が著しく合理性を欠くものということはできない。

なお、被告吉田、同酒井、同田口及び同布施各本人尋問の結果によれば、被告道の設置する高等学校中には、B商業における単位認定、原級留置の基準よりも生徒に有利な基準を定め、又は追認考査などの制度を設けている学校のあることが認められ、弁論の全趣旨によれば、B商業においても、ある科目につき単位不認定となった生徒のために、追認考査の制度を設けるか、又は同制度自体を本件教務規程で定めないとしても、教育的見地から、追認考査を実施することは不可能ではなく、また、ある科目につき単位不認定となった生徒を次学年に進級させたうえで、次学年度において、当該単位不認定となった科目についてのみ放課後など時間外にその授業を実施することなどにより、仮進級制度を採用することは不可能でないことが認められる。しかし、単位不認定、原級留置とするにあたり、追認考査を経るか否か、又は仮進級制度を採用するか否かは、学校当局の教育的裁量に委ねられており、しかも、右のB商業における基本的な教育方針、原級留置の基準などを変更した理由などに鑑みると、右のようにB商業において、追認考査、仮進級制度を採用することが不可能ではなかったとしても、これをもって、直ちに本件教務規程で定める単位認定、原級留置の基準が著しく合理性を欠くものということはできない。

4(一)  原告春子は、被告道がB商業校長たる被告吉田をして、事前に生徒及び保護者に対し、本件教務規程で定める進級基準について充分な説明をなさせるべく、また、単位不認定とするに先だって追認考査の機会を与え、それにもかかわらずなお右進級基準に達しない生徒に対してのみ単位不認定とし、更にその場合においても、仮進級の措置をとるなどして、手続面において、事前及び事後に充分な教育的配慮をなさせるべきであったのに、これらをいずれも怠った旨主張する。

(二)  《証拠省略》によれば、B商業の教務主任らが昭和四六年四月八日同校の入学式後のオリエンテーションの際、原告春子ら新入生及び保護者に対し、資料を配布したうえ、本件教務規程で定める進級基準などについて説明したこと、更にB商業の教頭らが同年七月二日伊達市内で開催された同校のPTA地区懇談会の席上、原告春子の父亡太郎ら保護者に対し、資料を配布したうえ、右と同趣旨の説明をしたことが認められ、これによると、本件教務規程で定める進級基準についての説明が不充分であったとの原告春子の主張は理由がない。

(三)  更に、単位不認定、原級留置とするにあたり、追認考査を経るか否か、又は仮進級制度を採用するか否かについては、それぞれの学校の教育方針に基づく学校当局の教育的裁量に委ねられているものであり、しかも、B商業において右のいずれをも採用していないことが著しく合理性を欠くものとはいえないことは、前記二3(四)に説示したとおりであるから、この点に関する原告春子の主張も理由がない。

5(一)  原告春子は、被告道が現代国語担当教師たる被告酒井及び英語A担当教師たる被告田口を通じて、原告春子に対し、右各科目につき、それぞれ正規の授業において、本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導をし、殊に原告春子の右各科目の成績が不振であったのであるから、正規の授業のほか補習授業、追試験その他の方法で右進級基準に達する程度まで教育指導をすべきであったのに、いずれもこれを怠った旨主張する。

(二)  前記二3(三)に認定の事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) B商業における昭和四六年度当時の基本的な教育方針は、前記二3(三)のとおり、平素の正規の授業においてわかる授業、考える授業を実施することにあり、日常の正規の授業における教育活動を重視していた。

(2) 被告酒井は、昭和四六年五月ころから、前任者に代わって、原告春子らのクラスの現代国語を担当することになった。

ところで、被告酒井の現代国語の授業中、原告春子らのクラスの生徒に学習意欲と落着きに欠ける面が見られたので、被告酒井は、昭和四六年一〇月上旬に四、五日間をかけて、生徒らを個別に面接指導したが、その際、原告春子に対しても、高校生としての心構えを説き、現代国語の学習方法について示唆し、もって個別に指導をした。

また、三学期の期末考査の直前、原告春子が被告酒井に対し、現代国語の成績、期末考査などについて相談したのに対し、被告酒井は、原告春子の一、二学期の成績、三学期の中間考査の成績などが不振であるから、来るべき期末考査では平均点以上とるよう、努力するように告げて励まし、指導した。

(3) 被告田口は、昭和四六年四月に原告春子らが入学して以来、原告春子らのクラスの英語Aを担当していた。

ところで、被告田口は、原告春子らの入試における英語の成績が全般的に低調であったことなどから、平素の正規の授業においては、前回の授業の復習を経てから先に進むようにし、生徒に対しても、自宅における復習を欠かさないように告げて指導していた。

しかし、右の指導にもかかわらず、原告春子らのクラスの英語Aの成績が低調であったため、被告田口は、被告吉田、被告布施ら他の教師と授業方法、成績評定などについて相談することもあった。

(4) 他方、原告春子は、B商業に入学した当時、現代国語や英語を嫌うことはなかったが、授業中における被告酒井や同田口の細些な言動から、次第にこれらに対する学習意欲を欠くようになった。

また、入学式当日のオリエンテーションの際、本件教務規程で定める進級基準などについて説明を受けたが、他方、原告春子の中学校の先輩でB商業に在学している生徒から、従前はよほどのことのない限り、原級留置になることはない旨聞いていたので、学習成績が悪くても、原級留置になることはないだろうと安易に考えていた。

(5) B商業においては、補習授業については、制度的な定めがなく、また、被告酒井、同田口も、原告春子らのクラスの生徒に対し、補習授業を実施するようなことはなかったが、これは、前記(1)のB商業の平素の正規の授業における教育活動を重視する教育方針によるものと考えられる。

また、各学期毎に実施される定期考査の成績が不振の生徒に対して、追試験を実施することもなかったが、これは、追試験を実施するのは、病気欠席など正当な事由があるときに限られるという方針によるものと考えられるし、また、追試験を実施することによって、生徒の平素の学習に安易さが生じることをおそれたためとも考えられる。

以上の事実は認められ、原告春子本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、採用することができない。

(三)  各教師は、担当の教育活動につき、生徒に対して教育権を有し、各科目担当の教師は、右教育権に基づき、成績評定権を有することは前記二2(三)のとおりであるが、これによれば、各科目担当の教師は、成績評定の前提として又は右教育権の本質をなすものとして、当該科目につき授業などにおける教育指導の具体的な内容、方法などを編成する権能を有するものというべきであるところ、右教育指導の具体的な内容、方法などは、生徒に対する具体的かつ専門的な教育内容にかかわるものであり、しかも、これは、教師と生徒との間の直接の人格的接触により教育の目的を達成する最も重要な部門であるから、各科目担当教師の右教育指導の具体的な内容、方法などは、各科目担当教師の広汎な教育的裁量に委ねられていると解するのが相当である。

もっとも、その内容、方法が著しく教育的配慮を欠く場合、殊に科目担当教師が成績不振の生徒に対し、これを全く無視して何ら教育指導をしなかったようなときには、教育的裁量の範囲を逸脱するものとしてその義務の履行を怠るものであると同時に、右生徒の学習権を違法に侵害するものというべきである。

そこで、右の観点から、被告酒井及び同田口の原告春子に対する各教育指導の内容、方法などについて判断するに、右(二)に認定のとおり、被告酒井及び同田口とも原告春子らに対して個別的かつ具体的に教育指導しているのであって、何ら教育指導をしなかったわけではなく、また、本件教務規程で定める進級基準に達する程度まで教育指導するのが教育における一つの目標であるとしても、これについては、教師側の努力のみで達成しうるものではなく、教育を受ける生徒の努力も必要であるところ、右(二)のとおり、原告春子には、この面で少なからず安易なところがあったことも否定しえないことに鑑みると、被告酒井及び同田口の原告春子に対する教育指導が著しく教育的配慮を欠いたものということはできない。

また、正規の授業のほか補習授業を実施するか否か、病気欠席など正当な事由がない生徒に対して追試験を実施するか否かは、教師又は学校当局の教育的裁量の範囲に属する事項であり、これを実施しなかったからといって、直ちに著しく教育的配慮を欠いたものということはできない。

6(一)  原告春子は、原告春子の現代国語及び英語Aの成績が不振であったのであるから、原告春子の学校生活及び家庭生活を統括的に掌握して指導教育するため、被告道がクラス担当教師たる被告布施を通じて、原告春子と面接し、かつ右各科目担当教師と連絡をとり、同各教師と原告春子との意思疎通を図るようにし、原告春子の保護者たる原告ハナらとの懇談、協議などを通じて原告春子の右各科目の成績不振の原因を把握するとともに、右各科目につき本件教務規程で定める程度まで教育指導をすべきであったのに、いずれもこれを怠った旨主張する。

(二)  前記二3及び二5に認定の事実、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告布施は、昭和四六年四月に原告春子らが入学して以来、原告春子らのクラス担当として、原告春子らのクラスの朝と帰りのショートホームルーム、休み時間、放課後などを通じて原告春子らと接触していたが、自己の担当教科である保健体育については、原告春子らのクラスの女子生徒を担当していなかった。

(2) 原告春子らのクラスの生徒の一学期の学習成績は、クラスの約半数近くの生徒が少なくとも一科目以上、一〇〇点法評定による二五点以下の成績であった。そのため、被告布施は、ホームルームなどを通じて、クラスの生徒に対し、平素の学習などについて指導するとともに、生徒の一学期の通知箋を父兄に郵送するにあたり、生徒の家庭面での学習指導、生活指導などを印刷した「学年だより」を同封し、また、三科目以上二五点以下の成績だった四、五名の生徒らの保護者を学校に呼出し、懇談、協議した。

(3) 被告布施は、二学期に入り、被告酒井、同田口から、原告春子を含む原告春子らのクラスの生徒の学習意欲、成績などについて相談を受けたことがあり、ホームルームなどを通じてクラス全体の生徒に対し、学習方法などについて示唆し励まして指導していた。

しかし、原告春子らのクラスの生徒の二学期の成績も一学期と同様全体的に不振であったため、被告布施は、ホームルームなどを通じて、クラス全体の生徒に対し、一学期と同様指導するとともに、生徒の二学期の通知箋を前記保護者らに郵送するにあたり、一学期と同趣旨の「学年だより」を同封し、また、三科目以上二五点以下の成績だった生徒らの保護者らを呼出し、懇談、協議した。

またそのころ、被告布施は原告春子と直接面接し、このままの成績では原級留置となるかもしれないので、学習に励むように告げて指導した。

(4) 被告布施は、三学期に入り、一、二学期のクラス全体の成績が不振であったことから、更にホームルームなどを通じて、クラスの生徒に対し、同様の指導をした。

(5) 被告布施は、昭和四六年七月二日伊達市内で開催されたB商業のPTA地区懇談会の席上、原告春子の父亡太郎と懇談、協議し、原告春子の学習、生活面について話し合ったことがあるが、その後本件原級留置に至るまで、原告春子の父亡太郎又は母原告ハナと直接懇談、協議することはなかった。

以上の事実が認められ、原告春子、同ハナ、被告布施各本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし採用することができない。

(三)  各教師は、担当の教育活動につき、生徒に対して教育権を有していることは、前記二2(三)及び二5(三)のとおりであり、これによれば、クラス担当の教師は、右教育権に基づき、担当クラスの生徒の学校生活をめぐる学習及び生活の両面にわたって助言指導するなどの権能を有するものというべきであるが、前記二5(三)に説示したと同様、生徒に対する学習及び生活指導は、生徒に対する具体的かつ専門的な教育内容にかかわるものであり、しかも、各科目における授業と同様、教師と生徒との間の直接の人格的接触により教育の目的を達成する最も重要な部門であるから、クラス担当教師の右権能の行使は、広汎な教育的裁量に委ねられていると解するのが相当である。

もっとも、その行使又は不行使が、著しく教育的配慮を欠く場合、殊にクラス担当教師が成績不振の生徒に対し、これを全く無視して何らの学習及び生活指導をしなかったようなときには、教育的裁量の範囲を逸脱するものとしてその義務の履行を怠るものであると同時に、右生徒の学習権を違法に侵害するものというべきである。

そこで、右の観点から、被告布施の原告春子に対する学習及び生活指導の方法について判断するに、右(二)に認定のとおり、被告布施と原告春子の父母たる亡太郎及び原告ハナとの間では、原告春子の成績のことなどで懇談、協議する機会が一回しかなく、この点に原告らの不満があったことは原告ハナ本人尋問の結果によりうかがえるところであり、これについては、被告布施の教育的配慮が些か足りなかったことは否定しえない。しかし、前記二5(三)に説示した事情に加え、被告布施が原告春子らに対してホームルームを通じ又は直接に具体的な生活指導をしており、何ら学習生活指導をしていなかったわけではないことに鑑みると、被告布施の原告春子に対する学習生活指導が著しく教育的配慮を欠いていたものということはできない。

7  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告春子の被告道に対する債務不履行を理由とする損害賠償請求は理由がない。

三  被告らの原告春子及び同ハナに対する不法行為責任の存否

原告春子及び同ハナの各被告らに対する不法行為を理由とする損害賠償請求は、原告春子の被告道に対する債務不履行を理由とする損害賠償請求と同一の事実上の主張を根拠とするものであり、また、注意義務を負う主体については、被告道と被告吉田ら四名個人との違いはあるものの、右二で説示したところによれば、被告吉田ら四名につき、原告春子の学習権を侵害したものということはできないし、仮に原告らの主張する注意義務の存在が認められるとしても、右四名に右注意義務違反の事実があったものと認めることはできないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告らに対する不法行為を理由とする損害賠償請求は理由がない。

四  よって、原告らの被告らに対する本訴各請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 渡邊壯 土屋靖之)

〈以下省略〉

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